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建物の建築業者らが第三者に対して責任を負う場合

 今回の最高裁判決は,平成23年7月21日第一小法廷判決です。
 事案は,賃貸用マンション一棟を購入した原告が,マンションにはベランダのひび割れなど多数の瑕疵(不具合)があるとして,施工業者や設計を担当した建築事務所などを訴えたものです。
 九州の事件ですが,この最高裁判決が出る前に,同じ事件で平成19年7月6日に最高裁判決が出ています。つまり,大分地裁で始まった裁判(1審)は,控訴された福岡高裁で判断され(2審),さらに上告されて,最高裁で福岡高裁に差し戻される内容の判決が下され(差戻前上告審),再度福岡高裁で判決が下され(差戻後原審),さらに上告されたのです。今回の最高裁判決も福岡高裁へ差し戻していますから,裁判はさらに続くわけです。ちなみに最初の地裁事件の事件番号は平成8年となっており,判決が出たのが平成15年2月ですから,地裁だけで約7年もかかっていることになります。建築訴訟は,極めて専門的で,瑕疵の存在の主張・立証も細かいため,一般に時間がかかるのですが,そうだとしても長すぎますね。

 

 話を戻しましょう。
 通常,建築訴訟では,注文主が原告となり,請負人である施工会社や建築事務所が被告となるケースが多く,それぞれの関係者の間には建築請負契約や設計・監理契約などの契約関係がありますので,原告としては契約に基づく瑕疵担保責任,債務不履行などの責任を追及すれば良いわけです。
 しかし,今回のケースの原告は,建物を購入した者であり,施工会社,建築事務所とは直接の契約関係がありません。そこで,一般の市民間の損害について規定する民法709条の不法行為に基づいて請求するほかないわけです。
 この点について,最初の福岡高裁判決(平成16年12月16日)は,「建築物に瑕疵がある場合,当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく,その違法性が強度である場合、例えば、請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵を生じさせたという場合や、瑕疵の内容が建物の基礎や構造躯体に関わり、それによって建物の存立自体が危ぶまれ、社会公共的にみて許容しがたいような危険な建物が建てられた場合に限って、不法行為責任が成立する余地が出てくる」と判断して,不法行為成立の範囲を限定しました。
 これに対して1回目の最高裁判決は次のように判示しました。

 

(平成19年7月6日最高裁判決要旨)

 建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。
 そして,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。

 

 差し戻された福岡高裁では,最高裁判決がいう「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」があるかどうかが改めて審理されましたが,平成21年02月06日付で下された判決は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは「建物の瑕疵の中でも,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解される」と判断した上,ベランダのひび割れなどの不具合があるとしても,これが原因で,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険性が生じていたとは認められないと判断して原告の請求を認めませんでした。
 これに対して再度上告されて下された判決が今回の最高裁判決です。

 

(最高裁23年7月21日最高裁判決要旨)

 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には,当該瑕疵は,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当する。
(中略)
 当該瑕疵を放置した場合に,鉄筋の腐食,劣化,コンクリートの耐力低下等を引き起こし,ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより,建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても,これを放置した場合に,例えば,外壁が剥落して通行人の上に落下したり,開口部,ベランダ,階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや,漏水,有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが,建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は,これに該当しないものというべきである。

 

 最初の最高裁判決が出るまでは,建築の瑕疵の場合には不法行為責任を制限する立場が有力でした。なぜなら,建築の瑕疵の問題については,請負の瑕疵担保責任の規定があり,この規定自体が請負の特質に鑑みて債務不履行(民法415条)の特則として定められたものであることから,安易に不法行為責任を認めると,瑕疵担保責任制度の趣旨が没却されてしまうからです。例えば存続期間は民法637条,638条で細かく規定されていますが,不法行為責任では最大20年間の除斥期間内は存続しますので,瑕疵担保の規定が無意味になります。
 ところが,平成17年11月に発覚した構造計算書の偽造問題に端を発した建物の安全性に関する世論の高まりは,最高裁判決に少なからぬ影響を与えました。
 今回の最高裁判決は,平成19年7月6日判決の趣旨をさらに押し広げ,建物の安全性に関して,現在の危険のみならず将来の危険も含みうるとして施工業者,設計者,監理者らに重い責任を負わせる一方,建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵はこれに該当しないと述べて,その範囲を限定しました。
 今後は,「これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合」とは具体的にどういう場合を指すのか,危険発生の蓋然性の程度・立証はどうするか,「居住環境の快適さを損なう瑕疵」と「健康が損なわれる危険がある瑕疵」との限界をどこにおくかなどが問題になると思われます。また,不法行為を広く認める結果,施工引渡し時から相当期間経過後に提訴というケースが出てくるものと考えられ,瑕疵担保責任や品確法の期間制限との調和をどこに求めるか,経年劣化と施行時の瑕疵の区別,立証などの問題も生じてくるものと思われます。

最高裁判決

2011.07.26

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